大人の勉強会2024.「日本のピアノ物語」10
最後にまとめとして、私自身の「ピアノ物語」を振り返ってみたく思います。
もともと歌うことが大好きで、ところ構わず大声で歌っている子どもでした。そんな私を見た両親が、たまたま通っていた幼稚園の放課後に開講されるようになった、ヤマハ音楽教室に通わせてくれました。
小学校一年生になる頃、父が真っ黒なYAMAHAのアップライトピアノを買ってくれて、ご近所のピアノ教室に通い始めます。
その後は先生の事情だったり、家の引越しなどでお教室を点々としましたが、中学生、高校生になっても続けていました。
ピアノは好きでしたが、ピアノ科に進むほどではないし、コツコツ練習するのが苦手だったため、声楽科で音大に進む道を選びます。
歌うことがあんなに好きだったのに、声楽は自分には向かなかったようで、音大では副科のピアノのほうが面白く、同級生の伴奏をするとなぜか褒められたり。ようやくピアノが自分にとって大切なものだ、と気がつきます。
卒業後は室内楽にのめり込み、レッスンを重ねて、後進の指導の傍らアンサンブルピアニストとして時折演奏させていただくようになり、今日に至ります。
子どもの頃の思い出の詰まった真っ黒なYAMAHAは、今思えば量産品でチープな音だったろうと思います。それでも弾けるようになることが嬉しくて、いろいろ手当たり次第弾いていました。
なぜ弾けたのか、と思うに、ヤマハ音楽教室で楽しく基礎を学べたこと、ピアノを習う時点である程度弾けたこと、3、4年生の頃にソルフェージュのクラスで学べたこと、それから、とにかく、ありあまるほど遊ぶ時間があったからではないかと思います。
友達と真っ暗になるまで遊び、ほんのちよっとだけピアノの宿題をさらう、それで充分でした。
遊ぶ友達が見つからなければ、人形遊びや絵を描いたり、一人遊びのひとつとしてピアノごっこをしたり。
それは、一人二役で、自分がピアノの先生になって、自分にレッスンをするという遊びで、「はい、よくできました」とか「ここはよくれんしゅうしてね」なんて赤鉛筆で書き込んだりして、なぜかワクワクしたものです。
ピアノの宿題はそこそこ真面目にやっていましたが、それ以外の曲を弾くのが何より嬉しくて楽しかった。
お隣の同級生がピアノが上手で、私よりずいぶん進んでいたので、ブルグミュラーの最後の「貴婦人の乗馬」を練習していたのが聞こえて来て、羨ましくてつい真似て弾いてみたり。(翌日、その子からこっぴどく怒られました)
発表会で上手なお姉さんが弾く曲がカッコよくて、高学年になると、全音ピアノピースを買ってもらって「エリーゼのために」や「トルコ行進曲」、ショパンの「ワルツ」や「花の歌」など独学で弾いていました。
きっと今だったら、J POPとか弾く感覚でしょう。
当時の王道は「黄色いバイエル」→「ブルグミュラー25番練習曲」→「ソナチネアルバム」→「ソナタアルバム」というもの。
並行して「ツェルニー100番」→「ツェルニー30番」→「ツェルニー40番」(ツェルニーは50番、60番もある)
そしてバッハのインヴェンション。
高学年になる頃には、指練習の「ハノン」も含めて常に4冊くらい、同時進行で宿題を抱えていたものです。
日頃、レスナーの子どもたちには、ぜひ大人になってたとえ独学でも、ピアノが弾ける基礎を身につけて欲しい、と思いながら指導しています。
子どもたちに望むことは、ともかく宿題をきちんとこなすこと。
それがうまくいかない人は、宿題の量を減らしてもいいでしょう。それでもうまくいかない、そのときはきっと基本的なことが分かっていないからなんだと思います。やはりソルフェージュの大切さを知って欲しい、との思いから、今回のテーマに選びました。
ちなみに、私の現在のピアノはW.HOFMANNというチェコのメーカーで、同地のベヒシュタインが製造しています。YAMAHAは初代のみで、その次は東洋ピアノ「APOLLO」のアップライト、そしてようやく現在のグランドピアノを手にしました。2000年のことです。
ヤマハのことを中心に書いてきましたが、特にヤマハ信者ということではなく、子ども時代の思い出に直結しているということを発見できたことが、何より嬉しかったです。
つい自分語りが長くなってしまいました。
そろそろまとめます。
この本に登場した昔の人は、みんなハングリーで
勤勉でした。与えられた仕事に邁進し、マニュアルなど何もなかった中で、工夫に工夫を重ねて一つ一つ乗り越えて行ったのだと思います。
人間の底力は時代とともに変化するのでしょうか。現代の私たちには、寅楠の箱根越えを「昔話」で片付けることしか出来ないのでしょうか。
一人の日本人として、個人的にこの本からとても勇気をもらえたので、この機会に皆様にご紹介させていただきました。
長いレポートになりましたが、少しでもピアノや、その作品にも興味を持っていただけたら幸いです。
なお、当初予定していた瀧廉太郎や日本人作曲家についてのお話は、またいつか機会があればまとめたく思います。
以上、お読みいただきありがとうございました。
了

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